表情筋研究所

YA-MAN ヤーマン

columnコラム

vol.3 中村 真先生

表情は文化の違いや年齢でも変わる?

生後まもなくの赤ちゃんが微笑むように、私たちは生まれたときから表情を表す能力を持っています。では、その表情は、成長する環境によってどのように変化するのでしょうか。今回は、宇都宮大学国際学部の教授であり、感情とコミュニケーションの心理学を研究なさる中村真先生に、表情と文化の違いや年齢にまつわるお話を伺いました。

―PROFILE

中村 真Nakamura Makoto

大阪大学人間科学部助手、宇都宮大学教養部講師、宇都宮大学国際学部助教授を経て、現在同教授。感情とコミュニケーションの心理学について研究。特に、顔や表情に焦点を当て、感情のコミュニケーションにおける表情と文脈の重要性、感情のあらわし方についての文化差を研究。近年は、感情と排斥行動の問題についても研究も進めている。日本感情心理学会Interna’onal Society for Research on Emo’on、日本心理学会、日本社会心理学会、日本発達心理学会、日本顔学会所属。

主な著書

「感情心理学ハンドブック」 (中村他(編) 北大路書房 2019年) 「感情心理学―感情研究の基礎とその展開」(今田・中村・古満(著) 培風館 2018年)「顔の百科事典」(分担執筆 丸善出版 2015年)「岩波講座 コミュニケーションの認知科学2 共感」(分担執筆 岩波書店 2014年)「感情心理学・入門」(分担執筆 有斐閣 2010年)「顔と心―顔の心理学入門」(吉川・益谷・中村(編) サイエンス社 1993年)「人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学―」(志水・角辻・中村(著) 講談社 1994年)

主な論文

「特集:社会的共生と排斥行動:問題の所在」(今田・中村(編)『エモーション・スタディーズ』4Si, 2019年)森 大毅,中村 真「音声研究における感情の位置付け(<小特集>音声は何を伝えているか) 」(日本音響学会誌 一般社団法人 日本音響学会 2015年)中村 真「大規模災害に伴う感情経験 : 東日本大震災時に経験した感情の諸側面に関する質問紙調査(1)」(宇都宮大学国際学部研究論集 宇都宮大学国際学部 2013年)中村 真「学術用語としての感情概念の検討 : 心理学における表情研究を例に」(宇都宮大学 国際学部研究論集 宇都宮大学国際学部 2012年)中村 真「社会的共生の心理学的基盤−感情のコミュニケーションと道徳的感情−」(宇都宮大学国際学部研究論集 第30号2010年)中村真,清水 奈名子,田口 卓臣,松尾 昌樹「書評 : 『グローバル世界と倫理』を読む」(宇都宮大学国際学部研究論集 宇都宮大学国際学部 2010年)

アジアや欧米・・・表情に文化差はある?

私たちは、生まれたときから表情をつくる能力を持っていると考えてよろしいでしょうか。

生まれたときから、いくつかの表情はできるようになっているという話はありまして、母体の中ですでにいくつかの表情を表していることが観察されています。表情筋も原型はできていて、生まれたときから動き出します。そして成長するにつれ、楽しい、悲しいといった感情によって異なる表情をつくっていくようになるわけです。子どものときには感情を抑えたりしないので、素直な感情がそのまま表情になって表れますが、小学生くらいから段々とコントロールするようになって、本当はがっかりしているんだけれど、笑ってごまかすなど、社会的な場面に合わせて表情をつくるようになっていきます。

その頃から、文化による違いというものも出てくるのですか?

どんなときに、どうふるまうのが良いか、それが文化によって違ってくれば、当然違った表し方をするようになってくると思います。アメリカは全体に、にこやかにする傾向が強く、特に女性は「女の子はよく笑うほうが良い」といった文化的な価値観によって笑顔をつくる回数が多く、大頬骨筋が太く発達しているといわれます。日本でも大学生への調査結果では差が出てくるほどではありませんが、実際の様子を見ていると、女性のほうがにこやかにしているようには見えるので、自覚してはいなくても、そうした社会的な影響はあるのではないかと思います。

逆に「男の子だから…」といった社会的な影響はいかがでしょうか。

「男の子は泣いちゃいけない」というのは、私の世代では共有されていたと思いますが、今はだいぶ変わってきていて。毎年、大学生に聞くんですが、「男の子は泣いちゃいけないと思いますか?」という質問に、「そう思わない」という人が男女ともに多いです。ただ、男は怖がっちゃいけない、というのは今でも男女問わず、ありそうですね。

そうした通念は、海外にもありますでしょうか。

男は怖がっちゃいけないというのは、アメリカやイギリスなどでも見られる傾向ですね。また、日本とアメリカの大学生に「あなたはどれくらい感情を表しますか?」と聞いて比較した調査では、多くの感情を強く表すと答えているのはアメリカの大学生。これを見ると、アメリカ人のほうが感情豊かという印象を裏付けるような結果といえるでしょう。また特徴的なのは、アメリカの大学生は悲しみを最も表さないようにしていて、日本の学生は嫌悪感を最も表さないようにしている点。このあたりは文化的な傾向が強く見られるようです。もうひとつ。日本と韓国の大学生の比較では、ほぼ似た傾向が見られたのですが、男女別では韓国の女性は男性より怒りや嫌悪を表すという結果になっているのが面白い点ですね。これは世界的にも珍しい傾向です。

日米の感情表出について説明してくださる中村先生

世代でも表情の表れ方が違う?

文化の違いによって表情の表し方が変わるというお話をいただきましたが、育つ環境によっても違いは生まれますか?

それはありますね。みんなが押し黙っているような環境で子どもが育つと、表情をあまり表さなくなるとか、人とあまり接しない環境で育つと無表情になるとか。逆にみんなが笑うようなにこやかな環境で育つと、よく笑うとかですね。

そうした環境の影響は、大人になってもありますか?例えば現在のように家ごもり生活が続いて人と接する機会が極端に減ると、表情が乏しくなるなど。

その可能性は大いに考えられますね。表情を表しにくいマスクの影響もあり得ます。

世代によっても表情は違いますか?

世代差について言うと、感情を表す度合いは、大学生では男女差があまりないんですが、1998年頃に65歳以上の高齢者を対象に「あなたはどのくらい感情を表しますか?」と質問した調査では、男女差が大きい傾向があり、世代的な違いが見られました。例えば高齢者では、喜びや幸福は女性のほうが表し、怒りや嫌悪感は男性のほうが表します。ただ、高齢者の場合は、表情の表れ方が弱かったり、さまざまな感情が入り混じって表情によって感情を判別するのが難しくなる傾向も認められました。

高齢者になると、表情をつくりにくくなるのでしょうか。

そうですね。つくりにくくなるというのには、2つの要因があると思います。ひとつは社会的な立場。高齢となって弱い立場になり、嫌悪感などを出しにくくなる、出さないようにするというのがひとつあると思います。もうひとつは身体的なもの。表情筋も筋肉ですから、年齢によって表情筋が弱まって表情をつくりにくくなるということもあると思います。

調査結果について詳しく解説くださる中村先生

文化や世代を超えて。
自分らしい表情は作れる?

表情を表さない、表しにくいことで使わない表情筋はありますか?

嫌悪の表情は表すことを避ける傾向が強いので、そうした表情をつくる表情筋の中には、あまり動かしていない表情筋がある可能性はあります。

そうした普段あまり動かしていない表情筋を鍛えるなどして、例えば素敵な笑顔の人の表情を真似して、自分も素敵な表情になる、といったことはできるのでしょうか。

近づけることは可能だと思います。ただ、表情筋には、個人差があるんですね。例えば一般的には一本の笑筋が数本に分かれていたり、延びる方向が異なっていたり…顔を見ても目が大きい人もいれば、唇が薄い人もいますよね。それと同じで表情筋も人によって少しずつ違う場合が多いんです。だから同じ表情筋を動かしているからといって、同じ表情にはならない。でも表情筋は、いくつになっても鍛えられるものですから、鍛えて、表情筋の動かし方を工夫することによって、理想の表情に近づけていくことはできるかと思います。表情筋は、腱を傷めるといった心配があまりなく、動かして鍛えやすいといえるかもしれません。

表情筋のイラスト

先にも少し触れましたが、家ごもり生活が続く現在、表情筋を積極的に動かすことで感情面も良い変化がありますでしょうか。

はい、あると思います。笑うから楽しくなる、泣くから悲しくなる、といった感情の動きはよく言われていることですし、きっと誰でも経験があると思います。表情筋を動かすことで、感情も豊かになる可能性は高いと思います。

そうしますと、積極的に表情筋を動かすことで、感情的にも表情的にも豊かな毎日が過ごせそうですね。

最後に

日々、大学教授として、学生の方々の表情を見つめながら研究を進める中村先生のリポートは、いかがでしたでしょうか。文化的な価値観によって、あえて表さない表情があるというお話には、きっと納得できる人が多いのではないでしょうか。そうした自制から普段動かしていない表情筋を、これからは積極的に動かしてみるのも、表情と感情を豊かにするひとつのコツかもしれません。

中村先生の著作

2020/11/28 更新

調査データ一覧に戻る